昨今、“賃貸アパートの安全性”について、あらためて注目が集まっています。その背景には、アパート経営大手のレオパレス21の施工不良問題があります。2018年5月29日、レオパレス21は、同社が1996~2009年に施工したアパートにおいて、建築基準法違反の疑いがあると発表しました。このニュースは、各メディアなどでも大きく取り上げられています。
レオパレス21が手がける物件に住んでいる人、あるいは物件を保有している人にとってみれば、まさに寝耳に水のような話であったことでしょう。とくに、物件そのものの安全性にも関わる事案ということもあり、不安な夜を過ごされているかもしれません。ただこうした事案は、数多くある賃貸アパートを考えてみると、“氷山の一角”なのかもしれません。
そこで、注目されているのが「インスペクション」です。詳しくは本文で紹介しますが、インスペクションとは、住宅に関する調査や検査、視察、査察などを行う活動のことを指しています。このインスペクションがきちんと行われている物件かどうかを精査し、より良い住まいを選定していくことが、不動産投資を含むこれからの住宅選びには必須となるかもしれません。
(本記事は2018/08/24配信のものを2020/06/06に更新しております)
まずは、レオパレス21の施工不良問題について、その概要をあらためて確認しておきましょう。問題の発端となったのは、同社が施工したアパートのうち、建築基準法違反の疑いがある施工不良が見つかったことにあります。具体的には、建築基準法が定める防火や防音効果を備えた“住戸を隔てる壁”がないなどの問題があることが明らかになったのです。
その後の調査によると、レオパレス21は2018年5月29日の段階において、計206棟のアパートで施工不良を確認したと発表しています。その内容としては、「いわゆる界壁と呼ばれる防火性を高める部材が天井裏に設置されていなかった」「十分な範囲に設けられていなかった」という具体的な状況が報告されています。
ちなみに界壁とは、共同住宅において各住戸の間を区切る壁のことです。法律上、一定の防火性能や遮音性能が求められています。また、界壁は耐火構造・準耐火構造・防火構造のいずれかでなければいけません。加えて、天井裏にまで達するように設置しなければならないとされています。事実、建築基準法施行令には、次のように定められています。
長屋又は共同住宅の各戸の界壁は、準耐火構造とし、小屋裏又は天井裏に達せしめなければならない
引用元※「第114条 建築物の界壁、間仕切壁及び隔壁」建築基準法施行令
こうした事態を受けて、レオパレス21の田尻和人取締役専務執行役員が都内で記者会見を行い、責任を認めたうえで謝罪しています。今後の対応としては、2019年6月までに全3万7,853棟のアパートを調査したうえで、不備のある物件については順次改修を進めていくとのことです。これから先、施工不良の物件数は増えていくかもしれません。
一連の問題をもとに、全国のレオパレス物件の所有者らでつくる団体「LPオーナー会」は、被害者の回を設置して、相談を受け付けることを明らかにしています。
このような事件を目の当たりにして、不動産投資を実践されている方、あるいはこれから不動産投資に着手しようと考えている方の中には、不安を感じている方がいるかもしれません。たしかに、考えようによっては、不動産投資そのものの信頼にも関わってくる大きな問題であることは間違いありません。
では、不動産投資家の方々は、どうすれば安心して不動産投資に取り組むことができるでしょうか。そのためのヒントは、「良質な物件かどうかを判断できるようになること」にあります。購入を検討している物件が良質な物件であると見極める判断できるのであれば、施工不良などの問題に巻き込まれる心配もありません。
そして、そのために活用を期待されているのが、冒頭でも紹介したインスペクション(ホーム・インスペクション)です。すでに述べているように、インスペクションとは、既存住宅(中古物件)の状態を専門化が診断してくれるサービスのことです。インスペクションを活用することにより、不動産投資家は、安心して物件を精査することができるとされています。
国土交通省は、2012年に「既存住宅インスペクション・ガイドライン」を策定し、検査や調査を行う者の技術的能力の確保や、具体的な項目および方法のあり方について、ガイドラインとしてまとめています。とくに共同住宅の場合であれば、主に次のような項目が検査の対象になると考えられています。
※「既存住宅インスペクション・ガイドライン」国土交通省
ガイドラインのポイントとして特筆すべきなのは、検査の中立性が担保されている点にあります。たとえば、自らが売主になっている住宅については自らがインスペクションを実施しないことです。また、仲介やリフォームに関わる事業者から便宜的供与を受けないことなど、第三者の視点から適切に物件を検査してもらえるような内容となっています。
さらに、2018年4月の宅建業法改正においては、このインスペクションを意味する「建物状況調査」に関する事項が盛り込まれています。このことから、インスペクションがあらためて制度化されたと考えていいでしょう。今回の改正による新たな措置内容、および期待される効果としては、主に次のような点が挙げられています。
不動産取引のプロである宅建業者が、専門家による建物状況調査(インスペクション)の活用を促すことで、売主・買主が安心して取引ができる市場環境を整備
宅建業者がインスペクション業者のあっせんの可否を示し、媒介依頼者の意向に応じてあっせん
→インスペクションを知らなかった消費者のサービス利用が促進される。
宅建業者がインスペクション結果を買主に対して説明
→建物の質を踏まえた購入判断や交渉が可能に。インスペクション結果を活用した既存住宅売買瑕疵保険の加入が促進される。
基礎、外壁等の現況を売主・買主が相互に確認し、その内容を宅建業者から売主・買主に書面で交付
→建物の瑕疵をめぐった物件引渡し後のトラブルを防止。
※「改正宅地建物取引業法の施行について」国土交通省
ここでいうところの「建物状況調査」とは、既存住宅状況調査技術者講習を修了した建築士(既存住宅状況調査技術者)が、既存住宅状況調査方法基準に従って行うものとなります。
調査の対象は、建物の構造耐力上主要な部分や雨水の浸入を防止する部分です。建物の基礎、外壁等に生じているひび割れ、雨漏り等の劣化事象・不具合事象の状況を目視、計測等により調査するもので、全ての部位を調査するわけではないことに注意が必要です。
また、国土交通省は「改正宅地建物取引業法の施行について」で、「建物状況調査は、劣化事象等の有無を判定する調査であり、瑕疵の有無を判定したり、瑕疵のないことを保証するものではありません」と述べています。もっとも、建物状況調査の結果、劣化・不具合等が無いなど一定の条件を満たす場合には「既存住宅売買瑕疵保険」に加入できるため、瑕疵があった場合のトラブルに備えることができます。
なお、既存住宅状況調査技術者に類似する資格として、NPO法人日本ホームインスペクターズ協会(JSHI)が実施している公認ホームインスペクター(住宅診断士)があります。ただ、こちらは民間資格となっており、内容も異なります。インスペクションを行う既存住宅状況調査技術とは異なるものであることを、あらかじめ認識しておきましょう。
※「公認ホームインスペクター(住宅診断士)」NPO法人日本ホームインスペクターズ協会
ちなみに、今回の宅建業法改正における、他の改正点についても簡単にふれておきます。主に、「媒介契約」「売買契約」「賃貸借契約」の3点に着目しておきましょう。次の通りです。
宅建業者は、媒介依頼者に交付する媒介契約書面に、建物状況調査を実施する者のあっせんに関する事項を記載することとなりました。つまり、あっせんの有無を記載することが義務となったのです。あっせんがある場合は、「建物状況調査を実施している業者に関する単なる情報提供ではなく、売主または買主と業者の間で建物状況調査の実施に向けた具体的なやりとりが行われるように手配することが求められる」とされています。
売買契約においては、重要事項説明の項目が追加されています。具体的には、建物状況調査を実施しているかどうか、実施している場合の結果の概要、設計図書などの建物の建築・維持保全の状況に関する書類の保存の状況について、重要事項説明の内容として加わっています。
賃貸借契約においても同様に、重要事項説明の項目が追加されています。具体的には、建物状況調査を実施しているかどうか、実施している場合の結果の概要について、重要事項説明の内容として加わっています。
これまでの話をふまえて、不動産投資との関連性や影響について考えてみましょう。
まず、重要事項説明の項目が増えたため、売買契約や賃貸借契約における重要事項説明に不備がないよう配慮しなければなりませんが、宅建業者でない売主や買主、賃貸物件のオーナーは不動産会社に実務を任せてしまって問題ありません。ただし、売買契約時の重要事項説明では、他の項目と同様に、インスペクションの項目についても確認することが大切です。
次に、物件を購入する場合の注意点として、インスペクションの実施が義務化されているわけではないこと、建物全ての箇所を調査するものではないことが挙げられます。すなわち、インスペクションが実施されているから良い物件、実施されていないから良くない物件と判断することはできないのです。この点は少しわかりづらい制度と言えるかもしれません。
さらに、インスペクションが実施されている物件は、その分コストが上乗せされるため、買主にとっては割高に感じるかもしれません。比較的リスクの少ないと思われる築浅物件などでは、インスペクションを実施しないほうがスムーズに取引が進む可能性も考えられます。
当然、インスペクションのあっせんを受けても実施しないという選択もできます。また、物件の状態については、インスペクション以外に「修繕履歴」なども参考になります。とくに、管理組合の運営がしっかりしている区分マンションなどであれば、きちんと確認することができます。専有部分に関しても、賃貸管理会社が履歴を残していればチェックすることが可能です。リスク軽減効果とコスト面を加味したうえで、インスペクションを実施すべきかどうか総合的に判断すると良いでしょう。
なお、今回の宅建業法の改正では、インスペクションの実施を義務としていないため、良質な物件を購入する際の判断材料が増えるかという点では疑問と不安が残ります。結局のところ、重要事項説明の項目が増えただけで、インスペクションの実施が増えなければ意味がないのです。この制度が広く浸透していくかどうか、今後の動向を注視する必要があります。
既存住宅の流通促進に向けた制度として、「安心R住宅」制度(特定既存住宅情報提供事業者団体登録制度)が2017年12月から施行されました。安心R住宅とは、耐震性があり、インスペクション(建物状況調査など)が行われている住宅のことで、リフォームなどについての情報提供が行われる既存住宅とされています。その具体的な中身としては、主に次の3つが挙げられます。
安心R住宅制度の目的として掲げられているのは、「既存住宅の流通促進に向けて、「不安」「汚い」「わからない」といった従来のいわゆる「中古住宅」のマイナスイメージを払拭することです。また、「住みたい」「買いたい」既存住宅を選択できる環境の整備を図る」とされています。ちなみに、投資物件というよりは、実需で利用する住宅向けの制度です。
また、既存住宅の有効活用という観点では、国土交通省により「長期優良住宅化リフォーム推進事業」も行われています。この推進事業は、「質の高い住宅ストックの形成及び子育てしやすい環境の整備」を目的として、「既存住宅の性能向上や三世代同居等の複数世帯の同居への対応に資する優良なリフォームを支援する」補助事業で、インスペクション等の費用も補助対象となっています。
補助金の額は、補助対象リフォーム工事費等の合計の3分の1となっていて、リフォーム後の住宅性能に応じて3つの補助限度額が設定されています。特に実需を目的として既存住宅を購入する場合には、「安心R住宅」とあわせて活用するのも良いでしょう。
国土交通省によると、日本における全住宅流通量に占める既存住宅の流通シェアは14.7%ほどとされています(2013年)。この数字は、欧米諸国と比較するとわずか6分の1程度しかありません。このような現状を照らし合わせると、これから先、「より良いものを長く使う」という発想のもと、中古市場が活性化する可能性は十分にあるでしょう。
※「既存住宅・リフォーム市場の活性化に向けた取組み」国土交通省
そのようなとき、安心して物件を購入するためには、インスペクションをはじめとする諸制度がきちんと整備されている必要があります。加えて、それぞれの関係者が適切に対応し、業界そのものを健全に保つ姿勢も欠かせません。変わりゆく不動産市況や制度をよく注視し、より最適な不動産投資を実施していきましょう。
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